2026年2月20日に米国連邦最高裁判所が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税措置を無効としたことを受け、M&A市場に一定の確実性がもたらされるのではないかとの期待も見られました。しかしながら、トランプ大統領がすぐさま通商法122条に基づく関税を導入し(なお、米国国際貿易裁判所は、2026年5月7日にこれを差し止める判決を出しており、トランプ政権は連邦巡回控訴裁判所へ上訴しています。)、通商法232条及び301条に基づく調査及び関税措置を発表したこと、また、IEEPA関税の正式な還付手続やその時期が不透明なままであること等から、むしろ新たな疑問が生じる状況となっています。
これらの関税措置の動向や、依然として継続する通商政策の不透明感は、M&A取引における価格算定や交渉の在り方にますます大きな影響を及ぼしています。買主は、サプライチェーンへの影響や、原材料コスト、さらには新たな関税の導入又は既存関税の拡大の可能性について、より慎重に分析しようとする傾向にあり、売主は、取引プロセスのより早い段階から、関税に関連するリスクへの対応を求められる場面が増えています。こうした要素は、最終契約締結からクロージングまでの間に関税変更が対象会社の業績に影響を及ぼしうる場合には特に、デューディリジェンスの優先順位、買収価格の協議、及び取引契約における主要条項に影響を与えています。
関税措置が現在のM&A取引に与える影響
- バリュエーション(企業価値評価)における関税リスクへの関心の高まり:買主は、既存の又は潜在的な関税措置が、対象会社の事業の利益率、価格設定、及び長期事業計画にどのような影響を及ぼしうるかについて、より厳密に評価を行うようになっています。特に、対象会社のサプライチェーンがクロスボーダーに広がっており、製品が既存の若しくは又は潜在的な関税の対象となる場合、その重要性はより一層高まっています。
- 金融機関による審査の厳格化:資金調達の与信審査においては、EBITDAの安定性、在庫コスト、顧客集中度、およびコベナンツ遵守への影響を含め、関税リスクの評価がますます重視されるようになっています。
- デューディリジェンスの拡充:デューディリジェンスにおいては、調達、原産地の認定、関税分類、及び対象会社がサプライヤーを変更したり、増加したコストを転嫁できるかどうかに焦点が当たるようになっています。各当事者は、関税変更や関税還付の可能性が、対象会社、サプライヤー及び顧客間におけるコスト配分にどのような影響を及ぼすかを明確にするため、取引契約の内容を注意深く検討する必要があります。
- 交渉の複雑化:各当事者は、リスク配分のため、アーンアウト(業績連動対価)、対価の後払い、運転資本による価格調整、関税リスクに連動した特別補償等について議論する場面が増えています。
- 事業運営上のリスク対応:買主は、クロージング後に製造拠点を移転したり、サプライヤーの多様化や価格転嫁が可能かどうかについて評価を行っています。
- 契約締結からクロージングまでの期間におけるリスクに対する対応の強化:クロージングまでの期間における関税変更の可能性を踏まえ、クロージングまでの事業運営に関する売主の義務やクロージング条件について、より詳細な規定を設ける動きが強まっています。
関税の影響を受ける取引における主要な法的検討事項
関税の配分、法改正に伴う調整、及び還付請求権等、商取引契約で一般的に取り上げられる概念が、近時、買収契約においても直接取り上げられることが増えています。具体的には、契約締結後の関税変更がMAE(重大な悪影響)条項によるリスク移転事由となるか、対象会社がクロージングまでの事業運営に関する義務に違反することなく新たな関税措置に対応可能かどうか、クロージング後の関税還付や遡及的な関税変更の結果が当事者間でどのように配分されるか等が交渉の対象となっています。買収契約においては通常、不可抗力条項は設けられていないためませんが、上記のような条項が、関税に起因するリスクを配分するための主要な手段となりつつあります。
このような状況を踏まえ、当事者は、以下の主要条項に重点を置いて検討しています。
- MAE(重大な悪影響)条項:買主は、関税の引き上げが一般的な「法改正」として除外事由に該当するものか、それとも個別にMAE該当性を判断されるべきものかについて、ますます重視するようになっています。当事者間では、関税変更をMAEの定義から除外すべきか、除外する場合であっても、対象会社に不均衡な影響を及ぼす場合を例外とする条件を付すべきか、あるいは買主又は売主のリスクとして明示的に割り当てるべきかといった点について、交渉が行われています。
- クロージング前の事業運営に関する義務:関税の不安定な状況を受け、クロージングまでの期間におけるサプライチェーンの混乱に対応する上で、対象会社にはより柔軟な施策(調達先の変更、価格調整、在庫構築、及び顧客再交渉を含む)が認められる一方で、買主は、重要な変更に対する同意権を求めています。
- 不可抗力条項の検討:多くの商取引契約と異なり、買収契約には必ずしも不可抗力条項が含まれているとは限らず、含まれていたとしても、関税に関連する事象については想定していない可能性があります。このため、関税に起因する費用の増加や事業運営上の支障については、一般的に、MAE条項の文言、クロージング前の事業運営に関する義務、及びクロージング条件を通じて対処されます。
- 「法改正」の条項:各当事者は、新たな関税が「法改正」の概念の下でどのように取り扱われるかについて精査しています。具体的には、コンプライアンス・コストが通常の業務過程で負担されなければならないのか、又はコベナンツからの逸脱を正当化できるのかといった点が検討の対象となっています。
- 買収価格及びクロージング条件のメカニズム:関税リスク又は関税還付の可能性に関する不確実性が短期的な業績に重大な影響を及ぼしうる場合、アーンアウト、条件付価額受領権(CVR)及び運転資本調整などの手法が、それらの不確実性を克服するために活用されています。
- 表明保証及び補償:買主は、通関コンプライアンス、関税分類、原産地の認定及び係属中の通商調査の不存在に関する、より具体的な表明保証を求めています。
取引計画上の検討事項
不透明な関税措置が継続する中、当事者は、取引プロセス全体を通じて関税リスクにどのように対処するかについて、以下の点を中心に評価を行うことが望ましいとい言えます。
- 取引プロセスの早い段階における関税リスク及びサプライチェーンの評価
- MAEの定義が、関税に関連する変更に適切に対応しているかの検討
- 新たな関税に対応するための柔軟性の観点からのクロージング前の事業運営に関する義務の検討
- 価格決定メカニズムが関税による変動に対応すべきか否かの評価
- 通関コンプライアンス及び関税分類に関する表明保証の検討
- 関税還付又は遡及的な関税変更の結果の配分と手続を行う責任の評価
- 統合計画における潜在的な調達又は製造上の変更との調整
通商政策が引き続き変化する中、関税リスクは、取引の価格設定、交渉及び契約書作成などの場面において、重要な要素となっています。取引プロセスの早い段階でこれらの問題に対処することで、取引実行リスクを軽減し、契約締結からクロージングまでの期間中の遅延を回避できる可能性があります。私たちは、引き続き動向を注視し、追加のガイダンスが提示され次第、最新情報を提供いたします。
北浜法律事務所の弁護士は、米国に拠点を置く増田・舟井法律事務所と連携し、幅広いクロスボーダーM&A案件及びその他の法的問題について双方のクライアントを支援しています。両事務所が協力することで、包括的な法的アドバイスと支援を提供し、クライアントが、しばしば複雑になりがちな規則や規制を理解して適切に対処し、複数の法域において自信を持ってコンプライアンスを維持できるよう努めています。
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