1. はじめに
米国の関税政策は、現在、大きな転換点にあります。2026年2月、米国連邦最高裁判所は、国際緊急経済権限法(IEEPA)が大統領による関税賦課の根拠とはならない旨を判示し、これを受けて、米国政府は1974年通商法301条(Section 301 of the Trade Act of 1974)を新たな関税措置の中核的手段として用いる方向に舵を切っています。このような情勢の中、2026年6月2日、米国通商代表部(USTR)は、60の経済圏を対象とする強制労働に関する301条調査の結果と、それに基づく措置案を公表し、日本については12.5%の追加関税を課す案を示しました。
通商法301条とは、外国の法令、政策又は慣行が「不合理」又は「差別的」であり、かつ米国通商に負担又は制限を与えているかをUSTRが調査し、意見公募等の手続を経た上で、その結果に基づき大統領が追加関税その他の是正措置を発動することができる制度です。実務上は、2018年以降の対中関税の法的基礎として用いられてきた制度であり、現政権においては、IEEPA関税が否定された後の代替的かつ比較的安定した法的枠組みとして位置付けられています。
日本企業としては、今後、より手続的には整備されている一方で従前よりも長期化し得る関税制度を前提に、複数の法的根拠に基づく関税が重畳的に適用されるリスクを見込む必要があります。
2. 通商法122条関税の失効とその後
IEEPA関税が違法と判断された後、米国政府は1974年通商法122条(Section 122)に基づき、全世界を対象とする一時的な10%の追加関税を導入しました。 もっとも、同条に基づく措置は150日間に限定されており、議会による対応がない限り、2026年7月24日に失効する見込みです。現時点で議会が延長措置を講じる可能性は高くないとみられています。 なお、2026年5月には米国国際貿易裁判所(CIT)が当該122条関税は法令上の権限を逸脱すると判断しましたが、当該判決の効力の範囲は当該訴訟の原告らに限定されているほか、当該判決による差止めについて連邦巡回控訴裁判所が控訴審係属中の執行停止を認めているため、現時点ではなお122条関税は効力を維持しています。
実務上の最大の関心は、122条関税の失効後に何がその代替となるかという点です。現在進行中の各301条調査のスケジュールや、実務家・業界団体等による分析を踏まえると、米国政府は、122条関税の失効による「空白期間」を回避するため、301条措置への移行を企図しているとみるのが相当です。
3. 二国間合意と関税上限の位置付け
2025年に成立した日米間の枠組み合意では、日本からの多くの輸入品について、既存の最恵国待遇(MFN)税率を含めた15%の基準関税率が設定されました。 そのため、日本政府は、新たに提案される関税措置によってこの合意上の上限が実質的に掘り崩されるべきではないとの立場を示しています。
この点に関し、2026年6月4日、USTRのジェイミソン・グリア代表は、日本、EUその他の国・地域との二国間合意における関税上限は尊重する旨を述べ、要旨として「合意は合意である」との考え方を示しました。 しかしながら、重要なのは、米国政府が301条を二国間合意とは別個の法的根拠として位置付け、その枠内又はこれと並行して追加措置を講じ得るとみている点です。その結果、品目によっては、複数の関税措置が重なり、実効税率が15%を上回る可能性がなお残されています。
したがって、日本企業にとって、日米の二国間合意は引き続き重要な意味を有するものの、将来の全ての追加関税を遮断する絶対的な上限として機能するとは限りません。15%を実質的な上限として価格設定、長期供給契約又はサプライチェーン設計を行っている場合には、前提の見直しが必要となる可能性があります。
4. 日本に影響し得る301条調査の現状
現在、USTRは、日本に影響し得る二つの301条調査を進めています。第一に、上記のとおり、強制労働に関する調査の結果、日本に対しては12.5%の追加関税が提案されています。意見提出期限は2026年7月6日、公聴会は同月7日に予定されています。 第二に、USTRは2026年3月、構造的過剰生産能力(excess capacity)に関する別個の301条調査を開始しており、こちらにも日本が対象として含まれています。同調査は、年内にも産業別・品目別の追加関税措置につながる可能性があります。
強制労働に関する調査は、日本企業にとって足元の実務対応が最も必要な案件です。他方、過剰生産能力に関する調査については、現時点では最終的な措置内容は未確定であるものの、工業製品、自動車関連部品、電子機器、機械類等への波及可能性があるため、継続的なモニタリングが必要です。
5. 301条関税の持続可能性
長期的な観点からみると、301条関税はIEEPA関税よりも法的安定性が高いと考えられます。その理由としては、第一に、301条自体が通商救済措置を予定した明文の制度であること、第二に、調査・意見公募・認定といった行政記録の蓄積を伴うこと、第三に、122条とは異なり、一定の期間を経て当然に失効する旨の定めが存在しないことが挙げられます。
もっとも、今回の301条調査は、従来のような特定国に対する典型的な301条調査に比べて対象範囲が広く、多数国を一括して扱う点に特徴があります。このため、最終措置が発動された場合には、行政手続法上の争点や権限逸脱論を含む訴訟が提起される可能性は相応に高いと考えられます。 それでもなお、制度設計上は、301条関税がIEEPA関税よりも長期に維持される可能性が高いという見方が有力です。
6. 日本企業にとっての実務上の留意点
- 2026年7月24日の122条関税失効までに、301条に基づく措置が最終化されるかを注視する必要があります。
- 強制労働に係る日本向け12.5%関税案が、公聴会及び意見提出を経て維持されるのか、又は修正されるのかを見極める必要があります。
- 過剰生産能力に係る調査の結果として、日本の工業製品、自動車関連、電子機器又は機械類に追加関税が課されるかを継続的に確認する必要があります。
- 米国政府が、日米合意上の15%を厳格な上限として扱うのか、それとも別個の法的根拠による関税の重畳適用を認めるのかは、引き続き重要な論点です。
本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の案件に関する法的助言を構成するものではありません。
佐藤嵩一郎弁護士は、当事務所の商取引・競争・貿易プラクティスグループの副主席であり、訴訟・紛争解決プラクティスグループにも所属しております。本件に関するご質問に日本語・英語のいずれでも対応いたします。 ksato@masudafunai.com までご連絡ください。
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